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民事訴訟雑誌という民事訴訟法学会の学会誌に「ADR−1992−」という林田学さんの学会報告が載せられています。
林田学さんはそこでこう述べています。
「裁判所外ADR

(1)ADR Provider
 三と同様に近時のアメリカにおいては裁判所外のADRが急展開をみせている。そのための会社ないし公益法人はADR Providerと呼ばれており(かかる、ビジネスはresolution businessと呼ばれている)、筆者はこれまでに実際に現地調査を行ったAAA(American Arbitration Association、その名のとおり主として仲裁を司る機関)、JAMS(Judicial Arbitration & Mediation Services、退職判事をプールして紛争解決を行う会社)、CPR(Center for Public Resouces、会員制で会員に対して、大学教授・弁護士・退職判事・各界の専門家を紛争解決者として紹介すること等を行う機関)を<林田@・A>において紹介した。ここでは、その後に現地調査を行ったJudicate と Endispute をまず簡単に紹介したい(以下の叙述は各々のパンフレットと筆者のヒアリングによる)。
Judicateは1985年にJay Seid氏が設立した会社で、退職判事600人をプールし、ミニトアリアル(ミニトライアルについては<林田A>参照・仲裁・調停等の紛争解決を行っている(但し、この600人は全員がJudicateに張り付いているというわけではなく、パートタイムとしてJudicateの仕事をしている人が多い)。オフィスはニューヨークに本部が、フィラデルフィア、アーバインに支部がある。もっとも米国各地で退職判事をコレクションしているので全米各地のどこにでも赴くことができる。費用は始めに300ドル払い、あとは審理時間に応じて1時間150ドルの手数料を払う。人身事故のケースを数多く扱っている。EndisuputeはJonathan Marks氏が1981年に始めた会社で、退職判事のほか弁護士・大学教授・各界の専門家をプールして、ミニトライアル・仲裁・調停等の紛争解決にあたらせている。オフィスはワシントンDCに本部があり、ニューヨーク・ボストン・サンフランシスコ・シカゴに支部がある。建築紛争等の大規模事件を年に数千件扱っている。この会社は紛争解決のほかにシステムプランニングも行っており、ゼネラルモータースの中にディーラーとの間の紛争を解決する部門を創設したことが報じられている(BUSINESSWEEK,p.63)。


(2)最近の動き
最近はこうしたADR機関の発展が著しい。特にJAMSの急成長ぶりが目を惹いており、従来は、カリフォルニアをベースに活動していたが、ニューヨーク、ワシントンDC、アトランタ、テキサスにも進出し、全米ネットに向けて邁進している。また最近は、銀行がADR条項を消費者との約款に挿入して、消費者との間の紛争を自動的にADR機関に持ち込むという新しい潮流が生じている。その先頭を切ったのがバンクオブアメリカで1992年6月2日以降は消費者との間の紛争をAAAに持ち込むことにした(もっとも、8月に消費者からその約款の無効確認訴訟が提起されている)。また、ウエルスファーゴ銀行も1992年9月1日以降消費者との紛争で2万5000ドルを超えるものについてはJAMSに持ち込むとにしている(<林田B>に詳しい)。


(3)紛争解決の契機、利点
既に文献Aにおいて詳論したところであるが、なぜこのような機関で紛争解決できるのか、その利点は何かを簡単にまとめておこう。まず、ADR機関の利用は約款を除けば両当時者の合意なしにはスタートしない。そこでなぜ争っている当時者がADR機関を利用することに合意するのかという疑問が生じるが、その最大の要因は訴訟とのコスト比較である(<林田A>に詳しい)。つまり、訴訟をチョイスした方がより多く取れるというケースであったとしても、それに要する期間と弁護士費用を勘案すると、ADR機関を利用した方が両当事者にとって合理的というケースがありうる。特に一旦訴訟を開始したものの長期で膨大なディスカバリに疲れて来るとお互いADR機関への移行を真剣に考え始めるようである。また、介在者として専門家を登用しうることとかニーズに応じて自由自在に手続をデザインできる点もこうしたプライベートな手続の利点となりうる。なお、仲裁(binding arbitration)を除き、こうした機関の判断に拘束力はない。よって、当事者の任意の履行に期待することになる。


(4)我々が学ぶべきもの
以上のような私的手続の抬頭は公立学校に対する私立学校の抬頭に対比しうるもので(Nicholas Varchaver,”Dispute Resolution" American Lawyer. 1992, Apr.)、これが公的手続にどのような影響を与えていくのかは今後大いに注目されるところであるが、日本でこのような機関が浸透するということは法的にもむずかしいし(非弁活動の問題)、実際上も大きなニーズは疑わしい(公立学校たる日本の訴訟手続にはディスカバリや陪審といった悪玉が存在しない)。むしろ重要なのは、在米の日本企業がこうしたADR機関ををいかにうまく活用していくかにあろう。なぜなら、ディスカバリや陪審に最も悩まされているのは他ならぬ日本企業だからである。実際、これまでにも、トヨタ・ソニー・富士通がCPRのメンバーになるとか、CPRがトヨタの紛争解決部門のシステムデザインに協力するとか(これらは<林田A>において紹介した)、昭和電工のトリプトファンのPL事件がJAMSで審理されるとか(一部の事件は1992年中に調停が成立したと聞く)、松下の雇用問題に関する紛争をEndisputeが担当する等、日本企業とADR機関の関係は徐々に深まりつつある。しかし、ADR機関は我々にとってほとんど未知の世界ゆえ実体験をふまえた情報は大いに不足しているのが現状である。個別の企業が経験を積み重ねていくことに期待することは迂遠であるので、今後は、日本企業の実体験をふまえた情報をプールし、お互いの情報を交換し合って、こうしたADR機関を有効活用していくことが重要な課題となろう。(林田A>参照)。」


今やADRという言葉は色んな所で聞かれるようになりました。
金融ADR、事業再生ADR、医療ADR等々。
林田学さんは20年近く前に21世紀がADRの時代になることを予見していたようです。
アメリカのADRをいち早く日本に紹介した林田学さんの功績は大きいと思います。